上高地とホルン
上高地とホルン
私の中でナンバーワンの思い出のアルバムといえば、迷わず大瀧詠一さんの「ロング バケーション」を挙げる。1981年に発表されたこのアルバムは私が二十歳の時の作品である。その当時でも新しさの中にどこか懐かしさを感じさせるサウンドが心地良
大滝詠一 スピーチ・バルーン かった。ギターの音がベンチャーズっぽかったり、コーラスワークがビーチボーイズ風だったり、何よりすごいのは、発表されて30年以上を経ているが、テレビコマーシャルの挿入歌としてアルバム内の曲が次々と採用されていることにある。 その曲の中に「スピーチバルーン」という曲がある。 その歌詞の中に「白抜きの言葉が・・・」というのが出てくる。 最初この意味がわからなかったのだが、のちにスピーチバルーンとは漫画の吹き出しのことで、白抜きとは言葉を書いていない吹き出しだと知った(もともとは染織でその部分を染めずに白く抜くこと)。言葉に出来ない、声にならない心の内を表しているということである。このアルバムと出会ったことは、私の人生に彩を添えてくれた。
歌詞の一部をご紹介しよう。
「吐息ひとつ スピーチバルーン
声にならない飛行船
君は耳に 手を当て
身をよじるけど 何も届かない」
こんな私にも10代の頃はあった。中学生時代はほとんど勉強をせず部活に精を出していた。ブラスバンド部でトロンボーンを担当していた。音楽であれスポーツであれどのようなものであっても人生の一時期打ち込んだものがあるということは幸せである。 ブラスバンドでは、パート練習と全体練習とがある。各楽器毎に分かれて行うものがパート練習である。演奏会ではトロンボーンはたいてい一番後ろに並ぶ。 全体練習になるとたいていトロンボーンの前にホルンが並ぶ。演奏会で見ていると後ろを向いているはずのベル部分がこちらを向いている。かなりうるさい。 ホルンという楽器はベルが後ろ向きになっているからこそ、直接ではなくその反響音が聞こえるがゆえにその音の広がり、柔らかさなど素晴らしい音色を生み出しているのであって、直接聞くと結構うるさいのである。蚊の飛んでいる音を数万倍にしたような、なんとも言えないものである。 いや、ホルンという楽器への憧れがあるのかもしれない。 「ウルトラセブン」のテーマ曲の中に流れるホルンの勇ましい音色には心ひかれたものだ。
ホルンは「ウルトラセブン」もいいが、山懐こそ似合う。例年4月下旬に上高地では山開きが行われる。数本のアルペンホルンが演奏されている光景はテレビなどでご覧になった方も多いと思う。 本格的な山登りはしたことのない私ではあるが、それでも北アルプスの絶景を見ると心奪われる。上高地に行くには主に二つのルートがある。 松本からのコースと高山からのコースである。高山からのコースは安房トンネル開通以前何時間もかかっていたところを、1997年トンネル開通以降あっという間に通過してしまう。高山からバスに乗ると、
途中で野麦峠の車内放送が流れる。大竹しのぶさん主演の映画「あヽ野麦峠」でも有名な峠がある。上高地はマイカー規制されており、一般車両は入ることができない。何度か行った上高地だが、季節ごとの美しさがある。ただ大正池に立っている木々が行くたびに本数が減っている。だんだん普通の池になろうとしている。自然の営みなので
止むを得ないことなのだが、神秘的な池に立ち枯れた木々のある光景を見ることができるのもあとわずかと思われる。機会があればぜひ行ってみていただきたい。